ひとときの駿感.blog

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【映画鑑賞】宝島

『宝島』

9/22(月)8:30〜11:55

TOHOシネマズ新宿

 

 沖縄に関して語られる歴史は、現在の状況にも影響を及ぼしている問題を常に抱えている。この作品の核心に迫る問題に限定すれば琉球処分と米軍基地問題となるであろう。グスク(妻夫木聡)がことあるごとにヤマトとウチナーと言って、本土の人々と沖縄の人々を区別する態度は琉球処分に繋がる明治維新での真っ黒な歴史のひとつであって、沖縄の人々の長い歴史に、幸福な時代というものが果たしてあったのだろうか?と言う根源的なアイデンティティーの問題に直結する。しかし、この作品の舞台設定は1952年から始まる。さしあたって解決を優先すべきは米軍基地の問題である。

 米軍基地から奪った物資を住民らに分け与える“戦果アギヤー”と呼ばれる若者たち。オン(永山瑛太)は若者たちの中で英雄的存在としてグスク、ヤマコ(広瀬すず)、レイ(窪田正孝)の3人に慕われてきた。オンが消息を絶っても、残された3人の人生に常に影響を与え続いている。果たして、オンの行方は…?

 私はこの作品の映像的な迫力と俳優たちの演技の見事さに賞賛の拍手をおくる。制作陣による熱量あり余る渾身の大作の印象を持つ。しかし物語全体に対して、少々厳しい感想を抱いてしまった。なぜか?理由は、今現在にも地続きとなっている現実の基地問題としての社会的スケールがあまりにも大きすぎて、フィクション部分の主要人物のドラマの展開が少々瑣末に過ぎるのでは?と思ってしまったことである。オンとはいったい何者なのか?オンの英雄的存在にどれほどの社会的な意義があるのだろうか?幼馴染同士の青春の戯れの一場面なのではないのか?コザ暴動の描写でのグスクのざまーみろとただ笑い飛ばしながら歩いているだけの行動は何か沖縄の現実問題の深刻さとは甚だ乖離しているような印象を持ってしまった。いったい戦果アギャーの残党としての意識を持つ若者たちは何と戦っているのか?米国統治下の歴史のノンフィクションの世界に若者達のフィクショナルな振る舞いを飛び込ませるにはあまりにも荷が重い。史実として起きたレッドハット移送作戦のエピソードにレイがヤマコを首相になどと言いながら毒ガスの器を片手に…ではあまりにも戯言同然なのである。

 これではフィクション部分でなさねばならないはずの今現在の問題へのメッセージがドラマ的に瑣末過ぎて伝わらない。かろうじてヤマコだけがデモ行進に参加して本土復帰の反権力プラカードを掲げている。ここには後年の、本土への復帰が達成されて万事本当に良かったのかどうか?といった安保問題と絡めた現在のリアルな問題と同期できる可能性の余地があり、優れて意義あるシーンなのである。結局権力と戦う意志を示しているのはヤマコだけだったのである。広瀬すずが真剣な眼差しの演技でデモ行進をしているこの爽快感が救いなのだ。

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